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大阪高等裁判所 昭和52年(う)510号 判決 1978年4月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人谷口茂高作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事苅部修作成の答弁書及び答弁書補充書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、憲法違反の主張について

所論は要するに、原判決は、原判示第二の被告人が本邦から香港に出国した所為を出入国管理令二五条二項、七一条によって処罰したが、同令二五条二項は憲法一四条、二二条二項、三一条に違反する無効のものであるから、原判決は右憲法の解釈適用を誤ったものであるというのである。その理由の骨子とするところは、次のとおりである。

一、外国人の出国については、出入国管理令二五条に、外国人の再入国については、同令二六条にそれぞれ規定しているが、これらはいずれも本国の旅券を所持していることを前提としている。韓国籍を有する者なら駐日韓国領事館で韓国政府の旅券の発給を受け、その後入国審査官から旅券に出国の証印を受け、もしくは再入国の許可を得ることによって出国することができる。ところが、朝鮮国籍を有する者は、日本国と朝鮮人民民主主義共和国の間に国交が樹立していないため、こうした便法で旅券の発給を得ることもできない。朝鮮国籍を有する者に対し出国の手続を保障していないということは朝鮮国籍の者のみ出国の自由を奪うものであって合理的根拠のない差別であり、憲法一四条に違反する。

二、次に、外国移住の自由はその権利の性質上外国人に限って保障しないという理由はなく、しかも、一時外国に渡航する自由は憲法二二条二項にいう外国移住の自由に含まれるというべきである。しかるに、出入国管理令二五条二項に「前項の外国人は、旅券に出国の証印を受けなければ出国してはならない」と定めているが、朝鮮国籍を有する者は、旅券を取得する方法がないから一時外国に渡航する権利を行使できない状態であり、同条項は憲法二二条二項に違反する。

三、また、出入国管理令二五条二項は、適正な手続によらずに朝鮮国籍を有する在日朝鮮人の渡航の自由を実質的に侵害しているものであるから、憲法三一条にも違反するものである。

そこで、記録を精査すると、原判決は原判示第二の朝鮮籍を有する被告人が本邦から香港に出国した所為を出入国管理令二五条二項、七一条によって処罰していることが認められるから、同令二五条二項が憲法に違反するか否かについて検討する。

憲法一四条は直接には日本国民を対象とするものではあるが、同条の趣旨は特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推さるべきものと解するのが相当であり(最高裁大法廷昭和三九年一一月一八日判決参照)、また、憲法二二条二項の「外国移住の自由」はその権利の性質上外国人に限って保障しないという理由はないこと、「外国に移住する自由」には外国へ一時旅行する目的を含むものと解すべきことは所論のとおりである。しかし、憲法一四条は外国人に対しても類推さるべきであるといっても、一般社会観念上合理的な根拠に基づき公共の福祉の要請に適合する差別まで禁止するものでなく(最高裁大法廷昭和二五年六月七日、昭和三三年三月一二日、昭和三九年一一月一八日各判決参照)、また、憲法二二条二項の外国に移住する自由に含む外国旅行の自由といえども無制限のまま許されるものではなく、公共の福祉のため合理的な制限に服するものと解すべきところ(最高裁大法廷昭和三三年九月一〇日、昭和三七年一一月二八日各判決参照)、出入国管理令二五条一項は、「本邦外の地域におもむく意図をもって出国しようとする外国人は、その者が出国する出入国港において、入国審査官から旅券に出国の証印を受けなければならない」と定め、同二項において、「前項の外国人は旅券に証印を受けなければ出国してはならない」と規定している。右は出入国それ自体を法律上制限するものではなく単に、出入国の手続に関する措置を定めたものであり、事実上かかる手続的措置のため外国移住の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしても、同令一条に規定する本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行うという目的を達成する公共の福祉のため設けられたものであって、憲法二二条二項に違反しないものと解すべきであることは、最高裁判所大法廷昭和三二年一二月二五日判決の示すところであり、出入国管理令二五条は、憲法二二条二項に違反しないことはもとより、右判例の趣旨にかんがみて、憲法一四条に違反するものでなく、また、憲法三一条にも違反するものでないというべきである。

従って、憲法違反の論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意中、実質的違法性あるいは可罰的違法性を欠くとの主張について

本件各所為は、出入国管理令が朝鮮国籍を有する者に対して外国旅行の道を閉ざしており、運用の実際においても著しく渡航の自由を制限しているような状態の下で行われたものであるから実質的違法性あるいは可罰的違法性を欠くものであるから無罪とすべきである、というのである。

よって案ずるに、記録及び当審における事実取調の結果によれば、出入国管理令の実際の運用として、被告人のごとき旅券を取得できない朝鮮籍の在日朝鮮人に対しては、法務省入国管理局長の証明書が発給され、また、赤十字国際委員会発行の渡航証明書が発給され、これらの方法によって出国及び再入国が可能であるから、出国の道が全く閉されていたというわけではなく、法務省入国管理局長の回答書によると、朝鮮籍を有する外国人の昭和四九年における再入国許可人員は七一〇名で、渡航先は北朝鮮が六六六名、それ以外が四四名であることが認められる。

ところで、被告人は朝鮮籍を有する在日朝鮮人で、暴力団に属するものであるところ、同じ組の金炳福から日本人名義の旅券を入手して時々香港へ行き、外国製腕時計やライター等を購入して帰り、販売している旨聞いて、自分も観光及び物品購入の目的で同人とともに香港に行くことを企て、本件各犯行に及んだものであることが認められる。右各犯行は、その動機・目的・手段方法・被害法益等に徴すると、実質的違法性あるいは可罰的違法性を欠くものとは到底いえるものではない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は量刑不当を主張するものであるが、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌して案ずるに、被告人は観光及び物品購入の目的で香港へ旅行するため、本件各犯行を犯したものであって、その態様は悪質であること、昭和四九年一一月六日恐喝未遂罪により懲役八月、三年間執行猶予に処せられ、その執行猶予中にもかかわらず、さらに本件各犯行を犯したものであることなどに徴すると、被告人とともに同様の手段を講じて香港に密出国した金炳福に対する判決が懲役一年、三年間執行猶予であること、被告人は本件各犯行を素直に認めていること、悔悟していること、その他所論の被告人に有利な事情を斟酌しても、原判決時を基準とする限り原判決の刑(懲役一年)は重過ぎるとは考えられない。

しかしながら、原判決後、右恐喝未遂罪の刑の執行猶予期間が経過したこと、被告人は組から離脱して親許に帰り、父親が営む鉄工業の工員として給料を貰って真面目に働いていること、などにかんがみると、現段階においては、刑の執行を猶予し、社会にあって自ら更生する機会を与えるのが刑政の目的にかなうものと認められる。

よって刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに判決することとし、原判決の認定した事実に、原判決挙示の各法条のほか、執行猶予につき刑法二五条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢島好信 裁判官 山本久巳 久米喜三郎)

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